2011/08/20

ボルネオ旅行記6 失われゆく水上集落

干潟でどろんこサッカーをする子どもたち。
マングローブを堪能したあと、船は海の民バジャウ族の水上集落に向かった。

干上がった川の上で、泥にまみれながら思いっきりサッカーを楽しむ子ども達。
隣の家との間仕切りもあいまいなちょっと傾いた家の中で暮らす10人家族。
見ず知らずのツアーのおっさんのカメラに満面の笑みで応えてくれるおっちゃん。

15分ほど集落の暮らしを覗いただけだったけど、ずっと笑い声が聴こえていた。
橋で繋がっている家と家。
きっと自然と向き合う時間が多い人ほど、他人に対して謙虚に優しくなれるのだと思う。
何事も自分の思う通りにいかないもの、ということを知っているから。
いつでも自分の思い通りに動いてくれるPCと向き合っているんじゃなくて、
もっともっと自然と向き合う時間を増やそう、そんなことを考えながら集落を見学した。

おうちはこんな感じ。
水上集落には電気は通っていない。
発電機で起こす最低限の電気で生活をしている。
子ども達の学校は向こう岸。
毎朝船で通学するらしい。
一部の人は、陸の会社で働いているそうだが、
ほとんどの人は漁業が生業。
ちょっと傾いている家は、自分たちで作り、
気の向いた時に適宜リフォームしているそうだ。

お出かけ中?のおっちゃんたち。
不便がいっぱいの暮らしだけど、
自分では何もしなくていいくらい便利なもので囲まれた
私たちの暮らしよりずっと生き生きして見える、
っていうのはちょっと入れ込みすぎか?

対岸の公営住宅。

しかし、この素敵な暮らしを営む姿を見られるのはあと数年かもしれない。
政府が衛生面での問題から陸上での生活を勧めており、対岸の公営住宅への移住が
進んでいるのだそうだ。

電気もガスもない水上集落で昔ながらの暮らしを続けるのか、
政府の建てた公営住宅で快適な暮らしにシフトするのか。

できれば、昔ながらの生活を続けてほしい、っていう思いはきっと
便利になり過ぎて逆に暮らしに閉塞感を感じている自分のエゴだろう。
自分たちに便利な暮らしを選択することに口出ししたり、
批判したりする権利はない。寂しいけど。

夕暮れに沈む集落を後にしながら、ぼんやりとそんなことを思った。

川に沈み行く夕日は感動的だった。






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