| 不便だけど、「生きる力」溢れる暮らしの例 |
便利になるっていうのはいい事だ。
どんどん便利になるべきだ。
人の手でやらなくていい事が増えて、
その分時間ができるはず。
そしたら生産性が上がるから世の中
もっともっと便利になるはず。
ということで、2011年。
便利になって時間は余ってるはずなのに
なんでこんなに日々忙しないのだろう。
余った時間で、メールしないと、テレビみないと、
録画した映画みないと、読みかけの本読まないと、
運動しないと・・・・・・。
うーむ、何か間違えている気がする。
便利になった結果、失ってしまったものもいっぱいある。
工夫する頭脳を失い、自分でつくる技術を失った。
昔、うちのじいちゃんがやってたように
自分で裏庭に小屋を建てたり、畑で野菜を育てたり、
食べれる山菜を見つけたり、竹竿と針と糸で釣りしたりできない。
うーむ、何か大切なものを失った気がする。
根源的な生きる力は確実に衰えている。
便利さを追い求めるのも、
そろそろこのへんでいいんじゃないかなと思う。
便利になって余った時間を、もっと便利にするために
使うんじゃなくって自分の手で物を作る時間とか、
物事を見る目を養う時間とか、想像力を育てる時間にあてたいもんだ。
こういう「生きる力」を取り戻すために
お金を使って経済をまわしていきたいと思う今日この頃。
とか格好いいこと言いながら、
やっぱり新しいカメラとか見つけると
欲しくなっちゃうんですがね。
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