陶器の器にはいった生パスタに、パルメザンチーズをその場でかけて出すお店で昼食を食べた。
おされなレストランではなく、ショッピングモールのフードコートなのだが。
ドリンクもつけて890円という破格の値段。
味はまぁ、うん、それなりにという感じ。
最近食べ物でも服でも、なんでもこんな感じだ。
モール中そういうものが席巻していてくらくらする。
ぱっと見、おしゃれ。
ぱっと見、良い感じのデザイン。
ぱっと見、うまそ
それでいて、この価格。
他社と差別化を計って、
競争戦略を忠実に実行していた結果なのだろう。
何も間違ってないだけど、
面白くない世の中に突き進んでいる気がして仕方ない。
そしてこのままでは感性や感覚が
どんどんだめになっていく気がしていたたまれない。
センス オブ ワンダー。1960年代に環境問題を提唱した生物学者、
レイチェルカーソンが著作にある言葉だ。
本来人間に備わっている、自然の中にあって
その神秘さや不思議さに目を見はる感性を言う。
優れた観察眼のある人は、ぱっとみた瞬間違いを見抜く。
(例えばうちの息子は、瞬間的に針葉樹の品種まで区別する)
この感性、感覚は本来自然以外でも発揮されるものなのだと思う。
本当にいい素材の手ざわり。
優れたレイアウトや配色。
微細な音の組み合わせ。
「それなりの価格のそれっぽいもの」
では絶対に真似出来ないものはがある。
ディティールにこそ神が宿るのだ。
大人に成って自然と触れる機会が減ると「センス オブ ワンダー」が衰えて行くように、
本物に触れる機会が減っていくと、ディティールに宿る神はどんどん見えなくなる。
それっぽい偽の神に惑わされることは、文化の衰退になってしまう。
自分が家庭をもってからというもの、懐の寂しさもあって
そういうもので満足しようとしてきていたのだが、やっぱりいかん、と反省。
それで散財するなら、まあいいか。
いやいや、あかんあかん。
家庭を守れる範囲で、デフレに抗い、
ほんものにお金を突っ込もうと思う今日このごろ。
いやいや、あかんあかん。
家庭を守れる範囲で、デフレに抗い、
ほんものにお金を突っ込もうと思う今日このごろ。
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