2012/02/15

学ぶということ。

セダーバーグ国立公園の近くにて
1月の初め、妻と息子が南アフリカ旅行をしてきた。

こちらは心配で心配で独り身を満喫するどころではなかったのだが、
そんなことを顧みる様子もなく、600枚近い写真と
収まりきらない感動を抱えて帰って来た。

息子はそれ以来、毎日『アフリカノート』を熱心に書き連ねている。

アフリカノート。現地で選んだらしい。
取り憑かれたように、というのはまさにこういう状態のことを言うのだろう。
朝起きたらすぐにペンを手に取って、こちらが呼びかけても生返事。
学校の宿題をやっている時には見たことのない集中力でもう2週間近く描き続けている。

親ばかなのは充分わかっているが、その中身に感動をしてしまった。

大嫌いで全然覚えなかった英語を必死で書き写していたり、
図鑑で見たことと現地のガイドさんに聞いた話を組み合わせて説明を書いたりと、
持てる知恵と知識を総動員して作っている。
溢れ出るものをなんとか書き留めたいという衝動で出来ている。

学校の勉強を否定するつもりは全然ないのだが、この衝動から生まれた本を見ていて、
学びについて改めて考えさせられた。

理屈なんて抜きに好きなもの、興味があるものに対してなら能力の限界なんてないし、
「教科」という枠組みも軽く超えて知識は広がって行く。

息子の場合、「ローマ字」はひとつも覚えないしアルファベットですら怪しい。
でも、植物の学名になれば勝手に覚えて書き写している。
この間は、「ペンデュラっていうのはしだれているっていう意味なんやで!」
と得意げに教えてくれた。

世界地図も樹木の生えている場所から覚えはじめ、今は誰よりも南アフリカの地図に
詳しくなっている。どの道路の沿線でどんな植物を見たかまで覚えてしまっている。

学びとはそういうもんなんだろう。
好きを起点にして、芋づる式にどんどん興味の対象を広げて行くだけでいいのだ。
学びの原点、それは好きを見つける事。それを息子に教えてもらった。

大人の役割はそれを見つける手助けをしてあげることなんだ。
どれだけいろいろな価値観に触れ、体験をさせてあげるかだ。

マウンテンケープシダーのこと
動物の絵もわりとうまくなったなぁ。
英語はわりと必死で書き写してました。
本当に細かいところまで覚えているその観察眼に驚く。
説明に文才も感じてみたり。親ばかですんません。
マツの比較研究。
こういう編集ページもあったりします。そしてとうとう見れたバオバブ。


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