| 『スロウ イズ ビューティフル 遅さとしての文化』辻 信一 |
そしてその本が自分に響くかどうかも、自分の置かれている状況や心の有り様で全然違ってくるものだと改めて思いました。自分はスローライフとは完全に対極で、欲望の赴くままに消費し、喰らい、生き急いでいるタイプの人間なのでこういった類の本はどうも説教くさく意識的に避けていました。正直、地震の前に読んでいたら今ほど心に残っていないのかもしれません。
初版は2001年。今ほど『スローライフ』という言葉が浸透していない時代に書かれた本です。この本が一貫して伝えているのは、永遠の成長という幻想から目を覚まし、物事を「ゆっくり」見つめ直してみては?ということです。
ある章の中で「時間」について言及されています。現代社会では時間は節約することが美徳。仕事はさっさとこなす。食事も時間内にさっさとすまして、子どもにも「はよしなさい!」なんてどなったりして。そのために人間はたくさんサービスやものを生み出し、大量に消費します。ネットですぐに情報を集め、車や飛行機で目的地にすぐにたどり着く。結果昔に比べると大量に「時間」は余っているはずなのに、なぜいっこうに楽にならないのか?逆にどんどん忙しくなっていないか?昔の人のほうがよっぽど心豊かに暮らしていないか?という問題提起がなされています。うーん、確かに心豊かではないしいっこうに楽になってはいない。まずこの問題提起にいろいろ考えさせられました。便利さと心の豊かさは基本的には比例するのでしょうが、ある一定の閾値を超えたら「心の豊かさ」のほうはストップしてしまうのかもしれません。
資本主義について否定する気は全くないのですが、(むしろその申し子のような暮らしをしているので)今回の原発事故ではなんだかんだで安泰とどこかで思っていたこの社会の脆さを痛感してしまいました。こんなに危ういものに頼らないと成立しない便利な世の中っていうのは明らかに異常です。が、その異常な状態が日常になってしまっているのが今の社会。はたしてそこまでして、便利でいなきゃならないんだろうか。たとえば20年前と今で、確かに世の中便利になっているけど、こんな危ういものに頼るリスクと天秤にかけてまで求めるものか?といわれるとどうしても疑問符がつきます。それなら別に全国的に計画停電やってくれてもかまわないし、なんだったら夜9時以降完全停電してくれても、それはそれで心豊かに暮らせるかもしれません。
この本に書かれているように、日本は一度立ち止まって、この「永遠の成長」を前提にしたフレームを見つめ直してみるべきなのでしょう。先日出会った某アウトドアブランド(社員にサーフィンをさせるあそこです)の方がおっしゃっていたことを思い出しました。企業は基本的に継続的な成長を目指すのが普通なのですが、その会社では自分たちの活動を維持出来る一定の売り上げ規模さえあれば充分と考え、無理に売り上げを伸ばすようなことはしないのだそうです。(結果的には成長しているところがさらにすごいのですが)もしかすると、今後の日本に必要なのはこういう考え方なのかもしれません。今後の経済の見通しとかを考えると、たぶん日本に今までのような成長はないでしょう。そしてもしも今回の地震が起こっていなかったとしても、きっとどこかでその限界はきていたはず。
成長の限界を知り、少し歩みをゆるめて自分たちを見つめ直すこと。
自分も含めて、永遠の成長を前提とし生きて来た者としては価値観を転換させるのは膨大な時間とたくさんの困難があると思うのですが、成長を止めても成立しうる持続社会、上を目指すのではなく、横に維持する社会を作って行かないといけないのでしょう。少なくともうちの子が大きくなる頃にはその片鱗くらいみせてやりたいなと思いました。国民総生産を国民総幸福量に基準を転換させたブータンのように、国家が先頭に立って新しいフレームを出すべき時なのだと思います。(そんな人が選挙でも出て来てほしいのですが)甘い夢のような話なのかもしれませんが、そんな社会を目指すことを真剣に考えてみようと思わせてくれる一冊でした。機会があればぜひ読んでみて下さい。
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